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2007.08.09

日刊ゲンダイのコラム

 少し前のことになりますが、日刊ゲンダイの「週間読書日記」というコラムに一文を掲載しました。近況にからめて最近読んだ本について紹介する、という趣旨のコーナーです。
 たぶん読んだひとも少ないでしょうし、これから読む機会もないと思うので、ここにも載せておきますね。

7月×日 すでに行きつけとなったメンタルクリニックで診察を受けた。服用していた抗鬱剤の効果と副作用を検討し、同じ薬を続けるか他のものにするか医師に決めてもらう。現在のところ鬱病治療とは自分にあった薬の種類と量を見つけるための試行錯誤でしかない。
 小説の神は冷酷だ。彼を信奉する者はすべてを捧げ、自分自身を磨り減らしながら小説を書き続けることを強いられる。
「小説は天帝に捧げる果物。一行でも腐っていてはならない」とは僕が最も敬愛する作家、中井英夫が遺した言葉。「中井英夫―虚実の間に生きた作家」(河出書房新社 1500円)は、中井を敬愛する人々によって纏められた、宝石箱のような本だ。単行本未収録の作品や澁澤龍彦、塚本邦雄といった同時代人によるエッセイ、戸川安宣、東雅夫、皆川博子、津原泰水による対談、畢生の大作『虚無への供物』の舞台を三浦しをんと本田正一が巡る企画など、あらゆる面から中井英夫という作家に光を当てている。そうして現れてくるのは、小説の神様に最も愛でられた、そして最も過酷な搾取を受けた唯一無二の作家の姿である。
 中井のような文章を一行でも書けたなら悪魔に魂を売り渡してもいい、と十代の頃から願っていた。でもその願いは今もって叶えられることなく、僕は薬に頼りながら僕にできる精一杯の果物を捧げつづけている。
 ただ救いとなるのは、同じように身を削って作品を産み続けている作家が他にもいると知っていることだ。その中のひとり、早見裕司の新刊『満ち潮の夜、彼女は』(理論社 1300円)は世間から隔絶した海辺の寄宿制女子高校を舞台にした、夏と共に始まる凄惨で、しかも甘美な物語だ。若い読者を対象に発刊された「ミステリーYA!」という叢書の一冊だが、ここに描かれているのは十代を過ごした者なら誰でも覚えのある、憧憬、反抗、諦観、自己嫌悪、そして自己改革への狂おしいまでの希求である。
 読み終えた後、僕も書き続けようと思った。神に供物を捧げるために。

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