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2015.12.17

2015.12.16 浜田省吾と僕との旅

 12月16日名古屋センチェリーホールで行われた浜田省吾のライブ「SHOGO HAMADA ON THE ROAD Journey of a Songwriter」についての感想をここに書き留めておく。

 ライブ第一部はニューアルバム「Journey of a Songwriter」収録曲のみだった。
http://www.shogo2015.com/newalbum/index.html
 つまりどれも新曲だったわけだけど、僕はアルバムを買ってから何度も聴き込んできたので違和感はなかった。ただ、あらためて生でこれらの曲を聴いて気付いたことがある。
 前回のアルバムは、ちょうど10年前に発売された「My First Love」だった。
http://shogo.r-s.co.jp/disco/album25.html
 このタイトルは正式には「My First Love is Rock'n'roll」だと言っているように、浜田省吾が自身のルーツであるロックと真正面から向き合って自分の足下を確認したような作品だった。しかし今回のアルバムはそんなにロックを全面に押し出してはいない。それよりもウェルメイドな楽曲を安定した演奏と歌で聴かせることを主眼としているように感じられた。タイトルにあるとおりソングライターとしての浜田省吾の到達点を示す作品だろう。  
 タイトルナンバーといえる「旅するソングライター」、冒頭のコーラスが美しい「マグノリアの小径」、艶やかな「美しい一夜」、陽気なダンスナンバー「夜はこれから」と、どれを取っても高品質な曲ばかり。耳にして間もないのに、もう何年も聴いているような気になってくる。もうすぐ63歳になる彼の歌声は、しかしいつもどおり力強く伸びやかで、きっと歌うために精進し続けているんだなと思わずにはいられなかった(ちなみにTシャツ姿になったときの胸の厚さも昔と変わらなかった)。
 ライブの中で、僕個人にとって衝撃的な出来事があった。 「Journey of a Songwriter」に収録されている「五月の絵画」という曲を歌う前のことだ。この曲は久しぶりに再会した男女のことを歌っているのだけど、浜田省吾がMCでこれは「My First Love」に収録されていた「花火」という曲の続編だと打ち明けたのだ。  僕は思わず「そうだったのか……」と声をあげてしまった。その理由について書くと長くなるのだけど、でも書かずにはいられない。
 10年前、「My First Love」を聴いたとき、この「花火」という曲がどうにも引っかかってしかたなかった。ここで歌われているのは家族を捨てて家を出た男のことで、彼は妻と娘、息子を捨てて家を出て五年、新たにできたらしい恋人に向けて自分の過去を語るという体裁になっている。  僕が引っかかったのはアルバムの曲順だった。この「花火」の前にシングルにもなった「I am a father」という曲が入っているのだ。
https://www.youtube.com/watch?v=IIqi3YVC-Bg
 この曲は評判も良いようで、ライブでもたびたび歌われている(今回のライブでも歌った)。でも僕は正直、あまり好きではない。あまりに臆面もない父親万歳的な歌詞が好きになれないのだ。でも、ここで歌われているのは家族のために一生懸命生きていく真面目な父親の姿だった。なのにすぐ次の曲で家族を捨てる父親が歌われている。なんか雰囲気ぶち壊しだよなあ、と僕は思ったのだ。  以来、この「花火」という曲は僕にとって、大好きでたまらない浜田省吾という存在の中の唯一引っかかる部分、喉に刺さった小骨のような存在だった。
 浜田省吾自身によると、どうやら「花火」については僕と同じく「なんだかなあ」と思っていたひとが多いようで、MCでは「特に女性に評判が悪かった」と言っていた。  そして続編として作ったという「五月の絵画」に繋がる。五月のカフェテラスで久しぶりに再会した「彼女」、主人公は彼女が15歳のときに家を出たと歌っている。
 じつは浜田省吾が打ち明けてくれるまで、僕はこの曲を「路地裏の少年」の続編だと思っていた。「路地裏の少年」では16歳の主人公が家を出る。そのときに置いていかれた恋人が「彼女」だと思ったのだ。  でも違った。「彼女」は主人公の娘だった。  妻子を捨ててしまった男が大人になった娘と会い、美しくなった姿に言葉を失う。「彼女」は微笑んで彼を見ている。  昼休みが終わって別れるとき、「彼女」は「また会えるかな」と言う。それは「許す」って意味かな、と主人公は思う。  壊れてしまった家庭は、もう元には戻らない。主人公にも「彼女」にも、今はそれぞれの暮らしがあるのだから。でも、壊れてしまったものの欠片を拾い集めることくらいは、できるのかもしれない。そんな予感を感じさせながら、歌は終わる。  浜田省吾がこの曲を歌っている間、僕は言いようのない感慨に浸っていた。10年間僕の中にあった小骨が、溶けるように消えていくのを感じていたのだ。(でも、嫁さんに言わせると「娘にあっさり許してもらえるなんて、それは男のファンタジーよね」なんだけど)。
「Journey of a Songwriter」には耳障りのいい曲ばかり入っているわけではない。後半に収録されている「アジアの風 青空 祈り」という三部作は、優れたソングライターであると同時にメッセージソングの旗手でもある浜田省吾の強い意志が感じられる作品だ。
 兵士たちの映像をバックに歌われたこの曲には、彼の世界に対する、とくにアジアに対する強い懸念と平和を希求する思いが籠められている。聴いているだけで背筋を伸ばさずにはいられない。  浜田省吾は生でメッセージを発することはしない。政治的な発言もしない。ただ、歌う。歌の中で自分の思いを語る。僕はそれを、たしかに受け取った。
 ライブ第二部は打って変わって、名曲の乱れ撃ち。中でも僕が偏愛する「君の名を呼ぶ」を歌ってくれたのが個人的には感涙ものだった。
https://www.youtube.com/watch?v=l-dBX7ZwoUg
 これは観客の年齢層を考えた選曲だろうか。浜田省吾のラブソングといえば初期の「片思い」や「ラストショー」とかが定番だけど、「君の名を呼ぶ」は大人の歌だから。  そしてクライマックスは「J.Boy」
https://www.youtube.com/watch?v=7dUfaCD5Y0A
 正直、今回のライブはニューアルバム主体だから、この曲はやってくれないと思っていた。だから前もってYouTubeでこのビデオを観て、それで自分を満足させていた。しかし、しかし歌ってくれたんだよなあ。最初に聴いた1986年以来、この歌は僕にとって国歌だ。  他にも愛奴(浜田省吾が最初にデビューしたバンド)のデビュー曲「二人の夏」まで歌ってくれて(この曲を生で聴けるとは思わなかった)、満足度100%。
 楽しいとか嬉しいとか、言葉で尽くせない。そんな時間を過ごすことができた。

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