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2004.11.25

『神影荘奇談』コミック版

 サスペリアミステリー1月号(秋田書店)が届きました。
 コミック版狩野俊介シリーズの新作『神影荘奇談 事件編』が掲載されています。作画はお馴染み大塚あきらさん。
 これまでと違って幻想味の強いお話なので、一風変わった作品に仕上がっています。
 次号には解決編が掲載予定。
 この号には他に有栖川有栖さんの江神二郎シリーズを河内実加さんが作画された『開かずの間の怪』も掲載されています。

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2004.11.23

『月読』初校ゲラ完了

『月読』のゲラは予想どおりの難物でありました。あっちこっちに赤ペンが入り、書き足りない箇所は紙を貼り付けて手直し。こんなに直しを入れたのは、近来希なことです。
 半べそかきながら、それでもなんとか終わったのが日曜日。締め切りが月末だったから、予想よりは早く終わりました。
 本来は担当さんが直したゲラを取りに来てくれることになってたんですが、これなら来てもらうより送ったほうが早いかなと思って担当さんにその旨をメール。すると翌日、その担当さんから電話があり、今ちょうど名古屋にいるから、直接いただきましょうか、とのこと。前日某作家さんと打ち合わせがあったそうで、偶然宿泊していたのだそうです。なんとまあ、いいタイミングだこと。
 さっそく名古屋駅に向かい、ホテルのラウンジで待ち合わせ。喫茶店でゲラをざっと見てもらい、次のスケジュールを決めました。初校が終わっても、その手直しを反映した再校ってのがあるんですよね。道はまだ、遙か遠くだ。
 打ち合わせ後の雑談で、昨日担当さんが打ち合わせをされた某作家さんのことを聞きました。え? あのひとが、そんなものを書くって!? ちょっとばかり狂喜してしまいましたよ。

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2004.11.22

新しい仕事の打ち合わせ

 名古屋駅で某社編集さんと新しい仕事の打ち合わせ。
 来年また雑誌で新しいシリーズを立ち上げることになりました。
 そういや僕って、いくつのシリーズを持ってたんだっけ? そろそろ10個くらいになりそうだよな。その中で完結させたのは宿少だけだし。
 これからの切り盛りが大変です。
 このうちあわせの中で、嬉しい申し出がありました。俄然やる気になりました。
 ほんとに、ほんとにアレ、書いていいんですか? わーい。
 書き始めたらきっとイバラの道になるのはわかってるんだけど、それでも書きたい。

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本当のガーデナーになれない理由

041122_0816.jpg
 秋植えの季節も終盤です。春に花壇を花盛りにするためには、今のうちに苗や球根を植え込んでおかなければなりません。
 しかし花壇では、ごらんのようにマリーゴールドがまだ花をいっぱい咲かせています。これから開くであろう花芽もあります。で、躊躇してしまうのですね。まだに処分できないでいる。
 こういうとき、本当のガーデナー(園芸家)は躊躇することなくマリーゴールドを引き抜き、花壇を一掃するのでしょう。今植え替えないと、春の花壇を整えることができませんから。
 庭を常に美しく保つためには花に対する愛情は欠かせません。しかしその愛情は、ある意味、家畜の牛や豚、鶏に対する愛情と同じようなものかもしれません。そんな気がします。
 時がくれば非情に徹することのできる愛情。それを持ち合わせていない僕は、本当のガーデナーにはなれないような気がします。
 そう言えば僕、剪定もできないんだよなあ。伸ばしっぱなし。だからこのマリーゴールドも、全体の姿がだらしなくなってしまっている。優しいとか、そういうことではない。つまり決断力がないんです。やっぱり花を育てるのには向いてないのかなあ。

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2004.11.14

インタビュー

『月読』の巻末に載せるスペシャルインタビューのため、文春の編集さんと探偵小説研究会会員で評論家・翻訳家のつずみ綾のおふたりが来名。マリオットアソシアホテルの一室で3時間に及ぶインタビューを受けました。
 本格的なインタビューって初めての経験なので、何を 喋っていいのかわからなかったんですが、つずみさんが僕の著作を本当にしっかりと読み込んでくれてポイントをまとめてきてくれたので、気持ちよく話すことができました。太田忠司という作家が今回のインタビューで丸裸になったと思います。しかしあれをまとめるのは大変だろうな。怪奇大作戦ら平成ガメラやら、いろんなところに話が飛んじゃったし。
 それにしても喋ったよなあ。久しぶりに口が疲れるくらい喋ったぞ。
 インタビューの後は編集さんとゲラを間に挟んでの打ち合わせ。結構直さなきゃならない箇所が多い。これはまあ、覚悟していたことではありますが。
 打ち合わせの後は同じホテル内の中華料理の店で夕食。いただいた料理と紹興酒が美味しかったせいか、ここでもずっと喋りつづけておりました。

『月読』は来年一月末発売予定。巻末にはインタビューの他、つずみさんによる太田忠司論も掲載されます。必読!

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2004.11.13

ガッデム!

 遊◎機械オフィスの「アラカルト」、ネットでチケットを予約しておいたのに、いつの間にかキャンセルされていた!
「期限内にチケット代の振り込みがなかったから」って、振り込み通知のメールなんてこなかったぞ!
 ああ、今年も楽しみにしてたのにぃ。なんたって今年のゲストはローリーなんだもん。観たかった!
 日帰りで東京に行って帰る覚悟も、ちゃんとしてたのになあ。
 おまけに日程が重なったイッセー尾形の名古屋公演もスルーしてしまった。こっちも今更取れないよなあ。
 ああ、二重のショック……。

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2004.11.09

エッセイ書きました

 日販通信11月号に「書店との出会い」というテーマでエッセイを載せました。
 一般のひとは読む機会のない雑誌だと思うので、同じものをここにも載せておきましょうか。

『あの約束の本屋』

             太田忠司

 高校の頃から通っていたのは、家から徒歩十分程度のところにあった有隣堂書店という小さな本屋だ。
 今でもはっきり覚えている。手前が雑誌のコーナー、奥が単行本。文庫棚にはまだ読んだことのない本がびっしりと詰め込まれていた。ちょうど角川文庫で横溝正史や高木彬光、鮎川哲也といった大家の作品が次々と刊行され、遅ればせながら読書熱に取り憑かれたミステリ少年の渇望に応えてくれていた時期だった。
 店長は開高健の大ファンで、『オーパ』で開高が歩んだ道程を自分でも辿って旅をし、その顛末を開高自身に書き送って返事をもらったという強者だった。話好きで、眼鏡をかけた丸っこい髭面はいつも笑顔に溢れていた。僕はいつもレジで店長と話し込んだ。店長は特にミステリ好きというわけではなかったけど、本当に本が好きなひとだった。
 正月は元旦から店を開けていた。レジには一升瓶が置かれ、客たちに酒を一杯ずつ振る舞っていた。僕ももちろん頂戴した。
 一度、取次に本を取りにいくのに同行したことがある。店長は愛車トヨタスポーツ800オープンカーの助手席に僕を乗せ、風を切って名古屋の街中を疾走した。本屋ってなんてカッコいい仕事なんだろう、と僕は本気で思った。
 この店で「幻影城」という探偵小説雑誌に出会った。一読してたちまち魅了された。そこには僕の大好きな小説が載っていた。バックナンバーがかなりあったので、それを全部買うことにした。もちろん一気に買い込むだけの資力はない。毎月一冊ずつ必ず買うから、他の誰にも売らないようにと頼み込んだのだ。店長は快く承諾してくれた。その頃は昼間働いて、夜は大学に通っていた。給料は生活費以外のほとんどが本代に消えていた。乏しい小遣いの中から当時七百五十円もする雑誌を毎月二冊(新刊も出てたから)を買うのはしんどかったが、それでも頑張って買いつづけた。
 当時から小説家になる夢を持っていた僕は「幻影城」の新人賞にも応募した。しかし僕が原稿を送ったとたん「幻影城」は休刊となり、数ヶ月を費やして完成させた僕の原稿も行方不明となった。
 それでもめげずに今度は講談社文庫主催の星新一ショートショートコンテストに応募した。第一回、第二回はあえなく惨敗。しかし三度目の正直で優秀作に選ばれ、生まれて初めて自分の書いた小説が活字になった。店長は祝宴を開いてくれた。ふたりだけ、小さな居酒屋でビールで乾杯する程度のささやかな宴だった。
 でも、そのときのことは今でもはっきりと思い出せる。あの日、いつかふたりで本屋をやろうと約束したのだった。自分たちが好きな本だけを並べる、多分全然客の来ないであろう店を。
 僕は自分の大好きな本格ミステリの新作が本屋に並ばないことが不満だった。いつまでも横溝の旧作じゃないだろう、と思っていた。本屋を作ったら、本格ミステリを書く新人作家の本を並べたかった。
 店長がどんな本を並べたかったか、わからない。でも実際に本屋を経営して意に染まない本も売らなければならない現状に倦んでいたのかもしれない。
 時は流れ、僕は作家となり、母親と一緒に暮らすために家を建て、以前の家は取り壊した。あの町とも縁が途切れてしまった。
 その母も、今年の七月に亡くなった。
 この前久しぶりにあの街に行ってみた。有隣堂書店は消えていた。あの店長がどこに行ってしまったのか、現時点ではわからない。でも多分、あの丸っこい顔に笑みを浮かべて、どこかの本屋のレジに座って客と話し込んでいるだろう。
 あ、もしかしたら、それは僕らの約束した本屋かも。だったら、行かなきゃ。

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2004.11.04

久々にステーキ家

 久しぶりにステーキ家で食事。
 11月のメニューは海老のすり身の蒸し物オイスターソース、秋鮭の胡麻マヨネーズ焼き青紫蘇風味、林檎のスープ、豚バラ肉とペテトマトのフリッター、イカ塩辛とキャベツのオーヴン焼き、洋風豆乳豆腐トンプリソース、そしていつものステーキ、印度カレー、デザートにコーヒー。
 今回は林檎のスープに驚きました。冷製だけど決して林檎ジュースではなく、紛れもなくスープの味わい。
 それに豚バラ肉でプチトマトを包んで揚げたフリッターも表面のカリカリとトマトのジューシーな部分の組み合わせが絶妙。美味しゅうございました。
 酒は京都の純米大吟醸をいただきましたが、さらに秘蔵のスコッチを飲ませてもらえて大満足。

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2004.11.02

いいものもある 悪いものもある

『さよならの殺人1980』文庫版のゲラ校正をしています。
 タイトルどおり、1980年に起きた事件を描いた作品ですが、ノベルズで出版された1998年からもすでに6年が過ぎ、「ちょっと昔」と思っていたことがすでに歴史的事柄へと変わっていることに気づいて愕然としております。
「ジョン・レノンの死を知らされたとき、あなたはどこに何をしていましたか?」という問いかけも、そのときまだ生まれていなかった人々は、当然答えようがないよなあ。中で使われているオタクギャグも詳細な解題が必要だろうか。ガンダムやカリオストロなら今でも通用すると思うけど。

 今回のゲラで文庫の担当さんから、作中で引用したYMOの「増殖」に収録されていたスネークマンショーのコントについて「これは『増殖』には入っていませんよ」と指摘され、調べてみるとそのとおりでありました。YMOファン、スネークマンショーのファンならすぐに気づくくらい、すっごく初歩的な勘違いです。どうしてこんな間違いをしたのやら。
 それにしても、今まで誰にも指摘されなかったよなあ。僕の本、YMOファンにもスネークマンショーファンにも読まれてないってことか。

 チェックをしているうちに妙に懐かしくなり、「増殖」のCDをAmazonで買っちゃいました。やっぱりこのアルバム、最高です。

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ニュースにコメントしてみる実験

 ココログでWebのページを引用する形でコメントができることを、最近初めて知りました。試しにやってみます。

@nifty:NEWS@nifty:生徒の血液使い理科授業(共同通信)

 これは……何が問題とされているんだろう?
 衛生的に問題? 人間の血を実験に使ったことが問題? 教師が強制的に生徒に血を流させたのが問題?
 自分の血液を顕微鏡で見るって授業なら、昔僕らもやったような気がするんだが。
 うーん、わからん。

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