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2006.12.20

『崖の館』復刊

03645

 少し前にネット上で「成分分析」ってフリーソフトが流行りました。単語を入力すると色々な成分に分析してくれる、いわゆるジョークソフトです。(ちなみにWeb上でできるサイトはこちら
 じつは僕、ずっと以前から似たようなことを考えていました。自分は何でできているんだろうって。
 この場合の「何で」というのは、自分という人間を形成する外部からの影響、つまり音楽とか本とか映画とか人物とか、そういうものです。
 例えば音楽なら、浜田省吾とビートルズと森田童子が主成分で、それぞれ数パーセントは占めるだろうとか。漫画なら断然三原順、他に吾妻ひでおや萩尾望都や高橋葉介とかが、かなりのパーセンテージを占めるだろうな、とか。
 そして小説の場合、もちろん乱歩や横溝、クイーンやロス・マクドナルドといった大御所が主成分となるに違いないんですが、しかし成分分析で最初のほうに表示されるものだけで自分はできているわけではない。むしろ微量のスパイスや香料にこそ、太田忠司という人間を特徴付けているのかもしれません。
 わずかな分量だけど、欠くことのできない成分。
 僕にとって佐々木丸美という作家は、そういう存在です。

 いわゆる館三部作のうち、最初に出会ったのは第二作の『水に描かれた館』でした。実家の近所にあったスーパーの二階、ごく小さな書店でその本を見つけたときのことを、今でも鮮明に覚えています。薄い本でした。貧乏だったのにどうして見知らぬ作家のハードカバーを買う気になったのか、よくわかりません。
 一読して、魂を揺すぶられるような衝撃を受けました。松本清張に代表される社会派推理小説のように、現実的な舞台で現実的な人間が登場するようなミステリしか書かれていなかった時期に、北国の岸壁に建つ白い洋館を舞台にした殺人事件なんて「非現実的な」小説を成立させることができるのか。いや、それ以上に、こんな文体でミステリを書くことができるのか。本心から驚き、そして魅了されました。
 そして遡って第一作『崖の館』を読んだとき、さらに大きな衝撃にやられました。これって、完璧なまでに本格じゃん。クイーンやヴァン・ダインに匹敵するじゃん。
 以来、『崖の館』は僕にとってオールタイム・ベストテンに必ず入れるべき作品となりました。
 じつは、ここだけの話、僕の長編デビュー作『僕の殺人』の文体は、佐々木さんの影響を受けています。「どこが?」と言われるかもしれませんが、佐々木さんの作品を読んでいなければ、僕はあのような文体でミステリを書こうとは思わなかった。これは確かなんです。
 佐々木さんにはこの館シリーズの他に『雪の断章』から始まるシリーズもありますが、こちらはさすがに少女趣味が強すぎ、僕は手を出せませんでした。でも『崖の館』『水に描かれた館』『夢館』の3作は、いまだに輝きを失わない宝石です。
 残念なことに佐々木さんは後年筆を断ち、昨年12月に亡くなりました(ああ、もう一周忌なのか)。生前、自作の再刊行を拒絶されていたとかで、ここ数年は本を入手することも困難な状況でした。佐々木丸美という名は、畏怖と憧憬を籠めた伝説のように語られていたのです。
 しかし今回、創元推理文庫で館シリーズの刊行が決まり、ついに『崖の館』が書店に並ぶこととなりました。佐々木さんの逝去によってそれが許されるようになったというのは悲しいことでもありますが、日本のミステリ史上に独自の地位を築き、今なお輝きを失わない名品を、ぜひとも未知の読者にも読んでもらいたいと思います。

 なんだか文庫の解説みたいな文章になってしまいました。でも本心を言えば、『崖の館』の文庫解説、書きたかったです。

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コメント

初めまして。今覗いてみましたら、丸美さんについて書かれておられたので、ぶしつけながら書き込みさせていただきます。
こんなふうに、ミステリ作家さん方がひそやかに――大仰でなく――丸美さんについて語っておられるのを読むと、私などは静かにうれしさを感じたりもします。

丸美さんは、筆を折られていたわけではなく、最後まで作家であり続けておられました。この辺りは、ウイ・マキタさんのサイト(http://homepage1.nifty.com/uimakita/)を御覧いただけると透けて見えてくるところがあるかとも存じます。

また、ご存知かもしれませんが、「夢館」で描かれた数々の出来事は、実は「雪の断章」や「忘れな草」「花嫁人形」らと直接に繋がっている物語でもあります。少女趣味ベースに挫けずに、一度お読みいただけるとまた新しい感じ方があるかもしれませんと、余計な事ながら、申し述べておきたくも思いました。

突然お邪魔しまして、失礼いたしました。

投稿: 本岡家@おっぺ | 2006.12.20 23:54

> 本岡家@おっぺ さん
 いらっしゃいませ。
 ウイ・マキタさんのサイト、拝見しました。自分の近くに佐々木さんの愛読者は嫁さんひとりしかいなかったので(結婚してから知りました)、とても嬉しくなりました。
 館のシリーズと他の作品がリンクしているという話は、未読ながら知っていました。復刊を機会に、こちらの方も読んでみようと思います。
 ありがとうございました。

投稿: 太田忠司 | 2006.12.21 09:25

太田先生、初めまして。
丸美さんに関する書き込みからだいぶ経ってしまいましたが、今更ながらにコメントさせていただきます。上記で本岡家さんが紹介して下さっている復刊運動のサイトの管理人です。
創元さんでの「崖の館」復刊の書き込みを拝見した時、仲間たちと「太田先生が書いてるよ、嬉しいねえ!」と喜んでいたのを思い出します。そして、ああ、もっと早くにファンであることを言って下さっていたらよかったのに・・・!!! と思ったものでした。

でもでも、嬉しい気持ちはずっと心にあったので、来月発売の創元さんの「ミステリーズ!」での丸美さん特集に太田先生に寄稿文を書いていただけることになったとわかり、とても嬉しくて書き込みさせていただきにきました。本当にありがとうございます! 楽しみにしています^^
(長々すみません!)

投稿: ウイ | 2008.05.06 00:38

>ウイさんへ
 コメントありがとうございます。
 今回の「ミステリーズ!」での佐々木丸美特集に文章を書かせていただけることになって、とても嬉しく思っています。依頼がきたとき、一も二もなくOKしました。
 でも書いたものは、このブログに書いたものと重複してしまいました。僕にとっての佐々木さんへの思いは、この文章に凝縮されていますので。
 僕も次の「ミステリーズ!」を楽しみにしています。

投稿: 太田忠司 | 2008.05.06 10:11

太田先生、お返事ありがとうございます!
丸美さんを好きだ~、と思っている方に書いていただけるのは、ファンとしてとても嬉しいです。奥様もファンだなんて、素敵ですね。
来月の発売を楽しみにしています!
(ちなみに4月末に出た単行本「夢館」の巻末に、復刊の相棒が作成した「人物相関図(ネタばれ)」がとじ込みで付いています。機会があれば、見てみて下さいませ^^)

投稿: ウイ | 2008.05.06 22:28

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長いタイトルになりました(笑) 太田忠司さんは、阿南シリーズや藤森涼子のシリーズをお書きのミステリ作家さんです。(狩野俊介のシリーズの方が著名かもしれませんが、自分の好きなシリーズの方を優先して書いてしまいます(^^;) あまり大仰な書きぶりではなく、寧ろささやか..... [続きを読む]

受信: 2006.12.20 23:55

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