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2011.03.25

ショートショートの炊き出し『友達のこと』その1

『歯――ユウタのこと』

「ほら、抜けたんだ」
 ユウタが見せてくれたのは、白い石のかけらみたいなものだった。
「何これ?」
 って訊いたら、
「歯だよ。おまえ、抜けたことないのかよ?」
 と笑った。下の前歯のところが一ヶ所、真っ黒く欠けてるのが見えた。
「知ってる? 上の歯が抜けたら縁の下に放り込んで、下の歯が抜けたら屋根に投げるんだよ。そしたら早く丈夫な歯が生えてくるんだって」
「じゃあ、その歯は屋根に投げるの?」
「うん、でもうちのじゃないよ。うちの屋根、低いからさ。もっと高いとこ」
「高いとこって?」
「あそこ!」
 ユウタが指差したのは、この町で一番大きなビルだった。
「あんな高いところに投げられるの?」
 って訊いたら、ユウタはまた笑った。
「馬鹿だなあ。投げられるわけないじゃん。一番上まで行って、置いてくるんだよ。一緒に行こ」
 ユウタに腕を引っ張られ、走り出した。
 大きなビルは五十階もあって、ホテルとかデパートとかレストランとかが入っていた。一番上の五十階には展望台があって、町全体を見渡すことができる。
 でもユウタは外の景色なんか気にもしないで、あたりをきょろきょろ見回していた。
「何を探してるの?」
「この上に行く階段だよ。屋根に乗せなきゃ」
 でも階段なんかどこにもない。勇気を奮って警備員のひとに訊いてみた。
「この上には一般のひとは行けないんだよ」
 警備員のひとは言った。
「緊急用のヘリポートがあるけど、危険なんだ」
「…………」
 ユウタはとても悲しそうな顔をした。
「どうする? 自分の家の屋根にする?」
「……いやだ。ここでなきゃ、いやだ」
 ユウタは首を振った。
「もう虫歯になんかなりたくないもん。虫歯に負けない丈夫な歯がいいもん」
 結局、この展望台に歯を置いていくことにした。ここでもユウタの家の屋根よりは高いから。
 掃除で片付けられないように、柱の陰に置いてみた。
「これでいい?」
「……うん」
 ユウタは頷く。悲しそうな顔をしていた。本当はここじゃいやなんだろうな、と思った。
 次にふたりで展望台に昇ったのは、半年くらいしてからだった。
 ふたりであの柱の陰に行ってみた。歯は、どこにもなかった。
「やっぱり、捨てられちゃったかな」
 ユウタがつまらなそうに言う。そのとき、
「君たち、また来たね」
 声をかけられた。この前の警備員のひとだった。
「もしかして、抜けた乳歯を探してるのかな?
「え? どうして知ってるの?」
「あのとき、君たちが話しているのを聞いてたんだよ。強い歯が生えるようにここに置いたんだろ?」
「うん……でも、歯、なくなっちゃった」
 ユウタが言うと、警備員のひとはにっこりと笑った。
「なくなっちゃいないよ。君の歯はあそこにある」
 天井を指差した。
「僕が拾ってね、このビルの屋根に上げておいたよ」
「ほんと?」
「ああ、あの日、ちょうど上に行く用事があったんでね。今でもヘリポートの隅の小さな溝に置いてあるはずさ」
「ほんとにほんと?」
「本当だとも。たぶん君の歯は世界で一番高く上げられた歯だよ。だから世界で一番強い歯が生えてきたんだと思う」
「そうかあ、世界で一番強い歯かあ」
 ユウタは笑った。新しい歯が、つやつやと光った。

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