ショートショートの炊き出し『友達のこと』その5
『家出――リクのこと』
おかあさんとケンカした。
理由は言わない。男らしくないって言われるから。とにかく、お母さんとケンカしたから、もう家にはいられないと思った。
だからリクといっしょに家を出たんだ。
リュックにパンツとシャツとビスケットを入れて、水筒に麦茶を入れて、リクにはリードを付けてウンチ袋も持った。犬の飼い主として当然のマナーさ。
家を出て、バス停をすぎて、歩道橋を渡った。リクはクルッとまるまったしっぽを振りながらいっしょに歩いた。
クリーニング屋をすぎたところで、ちょっととまる。ここから先には行ったことがない。
ここから先が、ほんとうの家出だ。
ぼくはリクと一緒に、その先に進んだ。
あたたかい太陽が光っていて、とても気持ちよかった。
歩きながら、これから先どうしようかと考えた。電車に乗って知らない町に行ってみようか。そこで働きながら暮らすんだ。あ、でもぼくを雇ってくれる会社があるかな。まだ中学にも行ってないし。会社に入るには大学を出ないといけないのかな。だったら家出をするのは大学を出てからにしようか。いやいやいや、それじゃダメだ。今すぐでなきゃダメなんだ。
だったら子供がほしい家に行って、その家の子供になればいいんじゃないかな。リクもいっしょに飼ってくれるような家がいい。どこかにそういう家があるといいんだけど。
そんなことを考えていたら、のどがかわいてきた。水筒から麦茶を飲んでいると、リクがクウンとないた。
リクものどがかわいているのかもしれない。あ、でも犬に麦茶をあげてもいいんだろうか。もしかして犬には毒なのかも。おかあさんが「犬にはタマネギをあげちゃダメよ。毒なんだから」と言ってたっけ。人間にはよくても犬にはダメな食べものや飲みものがあるんだ。
こんなことならリクのためにも水筒に水だけを入れておけばよかったなあ。
そんなことを考えていたら、目の前にコンビニが見えてきた。そうだ、あそこでミネラルウォーターを買えばいい。それくらいのお金ならあるし。
でも店の前に行くと、ドアのところに「ペットおことわり」と書いてある。リクは入っちゃいけないのか。そんなのサベツだ。ものすごく腹が立ったけど、ダメって書いてあるからダメなんだろう。ぼくはまわれ右した。
とぼとぼ歩いていると、またリクがクウンとないた。
「待ってろよ。もうちょっとがまんしろよ」
頭をなでてやると、リクは僕の手をなめた。
そのとき、自販機が目についた。これだ。
ミネラルウォーターを買えた。中身を手で受けてリクの前に出してやると、リクはピチャピチャと音を立てながら水を飲んだ。
それからまた歩いた。疲れて足がじんじんと熱くなってきたけど、がまんして歩いた。リクもちゃんとついてきた。
お腹がすいてきたのでビスケットを食べた。リクにもあげた。
どれくらい歩いたかわからない。空が少し暗くなってきた。気がつくと、知らない公園に出ていた。そこのベンチで少し休むことにした。
公園にはだれもいなかった。大きな木が何本もあって、風にゆれて葉っぱが音を立てていた。それが怪物みたいに見えた。
ちょっとだけ、こわくなってきた。
ベンチからおりて、リクを抱きしめた。あたたかかった。心臓の音が、トクントクンとした。少しだけ安心した。
でも、これからどうしたらいいのかわからなかった。ぼくとリクを住まわせてくれるような家が近くにあればいいのだけど、どこにあるのかわからない。ひとつずつ聞いてみようか。「すみません。子供と犬いりませんか」って。ダメかな。
「リク……どうしよう」
心細くなって聞いてみた。リクは何も言わなかった。黒い鼻をなめて、何かのにおいをかいでいるようだった。
そのとき、リクが急に動き出した。びっくりしてリードを放しそうになった。でもなんとかにぎりしめた。
リクはぼくを引っぱって、どんどん歩いていく。
「どこに行くんだよ?」
聞いても教えてくれない。どんどん歩いていく。
大きなスーパーの前にきた。どこかで見たことのある店だった。
リクは明かりのついた店の前で、ワン、とほえた。
「あら? どうしたの?」
声がした。ふりむくと、おかあさんがいた。
おかあさん……。
ぼくは泣きそうになった。
「リクを散歩に連れていってくれたの?」
おかあさんが言った。僕はだまってうなずいた。
「そう。ありがとう。じゃあ一緒に帰ろうね。あら? そのリュックどうしたの?」
「……なんでもない」
そう言って、おかあさんの手を握った。リクはしっぽをふって一緒に歩いてくれた。
その店から家まで、そんなに遠くなかった。僕は大まわりをして歩いていたみたいだ。
家に帰って晩ごはんを食べた。カレーライスだった。リクにはさっき買ったミネラルウォーターの残りをあげた。
今度家出するときは、ちゃんとリクの水も持っていこう、と思った。
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