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2011.03.31

ショートショートの炊き出し『友達のこと』その7

『お土産――ヨリコのこと』

 昼御飯を食べた後に宅配便が届いた。ヨリコからだった。
 差出人の住所は「沖縄県那覇市」となっている。
 小さな箱だった。開けてみると素焼きのシーサーが入っていた。
 いつものように手紙とかは入っていない。ただ品物だけ。ヨリコらしいな、と思った。
 そうか、彼女は今、沖縄にいるのか。
 シーサーをサイドボードの飾り棚に入れる。隣には小さなこけし、その奥には蛙の根付が置いてある。どれもみな、ヨリコからのお土産だ。
 彼女とは高校のときに知り合った。活発でよく笑い、いつでも猛ダッシュで走っているような子だった。すべてにおいて引っ込み思案なわたしとは好対照の性格だったが、なぜか仲が良くなった。
 高校生の頃からヨリコは旅行好きで、休みに入るといつもどこかに旅をしていた。女子高生ひとりで旅をするなんて無謀にしか見えなかったが、彼女はまったく気にしていなかった。そして旅先からわたしに、何かを送って寄越した。初めて貰ったのは亀の形をしたキーホルダーだった。それからはきれいに彩色された繭玉とか、鼠の姿を象った土鈴とか、旅先からの便りなどは一切なく、ただお土産だけが送られてきた。
 高校を卒業するとわたしは地元に残り、ヨリコは東京の大学に入学した。以来、一度も彼女とは会っていない。しかしお土産だけは、ぽつぽつと届けられた。木彫りの猫、町と花火が描かれた扇子、バネ仕掛けで口を開けるカバ。その都度、差出人の住所は旅をしている場所のものだった。
 彼女はあらゆる土地を旅していた。どうやらすべての都道府県を巡るつもりらしいと気付いたのは、わたしが地元の小さな会社に就職した頃だった。彼女が送ってくれたお土産と共に宅配便の送付状を全部保管していたから、わかったのだった。
 その目的が達成された頃、わたしは結婚した。相手は会社の同僚だった。ヨリコにも結婚式の招待状を送ったのだけど、返事の代わり届いたのは花嫁の横顔が描かれたシャガールのリトグラフだった。差出人住所はニューヨークとなっていた。
 ヨリコはそのまま世界一周の旅に出たようだ。イタリア、スペイン、モロッコ、エジプト、インド、中国……様々な国の土産物が何ヶ月かに一回、届けられた。どれも小さな、しかし趣味のいいものばかりだった。
 ふたりめの子供を出産した頃、再び彼女からのお土産は国内のものに戻った。今まで行っていなかった他の土地を巡ることにしたらしい。
 そうしてまた数年が過ぎた。わたしの子供たちも大きくなり、わたしたち夫婦は歳を取った。でもヨリコからのお土産は相変わらずだった。
 リビングのサイドボードは彼女からの土産物で埋めつくされていた。初めて貰った亀のキーホルダーから最新のものまで、全部並べている。一言も添えられていなくても、そのお土産はどれも彼女からの言葉だった。
 シーサーを貰ってから四ヶ月後、彼女から新しいお土産が届いた。
 箱を開けたとき、思わず声をあげそうになった。そこに入っていたのは花を象った七宝焼のブローチだった。それ自体は特に問題なわけではない。ただ、見覚えがあったのだ。
 十年前から趣味で七宝焼のアクセサリーを作っていた。これが結構評判になり、作ったものを展示販売することになった。今、わたしの作品は駅前のホテルの売店で売られている。
 ヨリコが送ってきたのは、間違いなくわたしが作ったものだった。
 慌てて送付状を見る。差出人住所は……この町だ。
 彼女が、ヨリコがこの町に来ている。
 居ても立ってもいられなかった。わたしは駅前のホテルに向かった。
 フロントには顔馴染のホテルマンがいた。わたしがヨリコの名前を告げると、たしかに宿泊していると部屋番号を教えてくれた。
 わたしはその部屋に向かった。いきなり現れて驚かしてやるつもりだった。
 ドアをノックする。わたしの顔を見たら何と言うだろう、そもそも顔を覚えてくれているだろうか。いろいろなことを考えながら待っていると、ドアが開いた。
 姿を見せたのは、中年の男性だった。彼はわたしの名前を口にした。
 少々うろたえながら頷くと、彼は柔らかく微笑んで、
「お待ちしてました。きっと来ていただけると思いましたよ」
 と部屋に案内された。
「わたしは、ヨリコの夫です」
 彼は言った。
「妻は二十年前、フランスで交通事故に遭い、寝たきりになってしまいました。旅好きだった彼女がどこにも行けなくなるなんて、残酷なことです。でも妻は、明るさを失いませんでした。『自分が行けないなら、あなたが代わりに旅をしてきて』と言って、私を旅に出しました。彼女が行きたいと思うところに私は出かけ、旅先で土産物をふたつ買いました。ひとつは妻のために、そしてもうひとつは、あなたのために」
 では、この二十年、わたしのところに送られてきたお土産は……。
「彼女はいつも、私と一緒に旅をしていたのです。あなたへのお土産は、その証です」
 それで、彼女は? ヨリコは今?
「彼女は旅に出ました。どうやらこの世界を旅することは飽きたみたいでね。遠くに旅立ってしまいましたよ。つい先週のことです」
 ヨリコが……。
「あなたにお土産があります。彼女からの、最後のお土産です。これをあなたに渡すよう、言われました」
 渡されたのは陶製の、小さな天使の像だった。
「ヨリコは今、彼らの居るところにいます」
 わたしは天使を手の中に包み込み、静かに泣いた。

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