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2018.08.16

Re:Story Of Our Life まえがき

 ももクロの新曲「Re:Story」のミュージック・ビデオを観て無性にノベライズしたくなり、勢いで書いてしまいした。

 書いてしまった以上、どこかに発表したくなるのが性なので、久しぶりにブログを更新します。
 
 ノベライズといいながら、書いている途中でどんどんオリジナルなアイディアが浮かんできて、結局は混交したものになりました。
 なお、元ネタのミュージック・ビデオは、以下のものです。

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Re:Story Of Our Life(その1)

 ももクロを観に行こうよ、と最初に言ったのはタマシーだった。
「ももクロ? あのももクロ?」
「そう、あのももクロ」
 モモスケは真面目な顔で言うタマシーをじっと見つめる。
「おまえ、バカなんじゃない? 行けるわけないじゃん」
「どうしてだよ? どうして行けないんだよ?」
「だってさあ……」
 モモスケはずり落ちていた眼鏡を上げ、頭を掻く。どうやったらこいつにわかるように話せるか、頭の中で整理してから言った。
「第一の問題。ももクロってなんだ?」
「モモスケ知らないのかよ? ももクロは歌って踊ってみんなを幸せにしてくれるものだよ」
「それは知ってる。でもさ、見たことある?」
「あん?」
「だ、か、ら、ももクロ見たことあるのかよ?」
「ないよ」
 タマシーはあっさりと言った。
「でもさ、そんなことは全然問題じゃないよ。ももクロはすごく楽しいって、みんな知ってるんだから」
「そう言われてるだけだろ。だけど誰も本当にももクロを見たことないじゃんか。そんなの、本当は存在しないんだ」
「みんなが知ってるのに存在しないものなんか、あるかよ」
 タマシーは言葉を返した。
「それに、そういうものを探すのだって、夏休みの自由研究になるだろ?」
「自由研究、ねえ」
 全然説得できないことに少し苛立ちながら、モモスケは空を見上げた。今日も暑い。夏の青さが眼に沁みる。
「じゃあさあ、もうひとつ質問。どこに行けばももクロが観られるのか知ってる?」
「うん、知ってる」
 意外な答えに、モモスケは一瞬思考が停止する。
「……嘘、つくなよ」
「嘘じゃないって。ほら」
 タマシーがバッグから折り畳まれた紙のようなものを取り出し、差し出した。受け取ったモモスケは、すぐに気付く。
「これ……紙じゃないみたい」
「そうだよ。羊皮紙」
「よーし? 何がよーしなんだ?」
「よーしじゃない、ようひし。羊の革で作った紙だよ。古いものなんだ」
「へえ」
 タマシーの博識に少し感心しながら羊皮紙を開く。そこには地図のようなものが描かれていた。
「これ、もしかして、この町の地図?」
「そう。たぶんすごく古い地図。だから俺たちの知らない場所も描いてある。ほら、俺たちが今いるのはここ。それからモモスケの家はここ」
 タマシーが右下のあたりを指差した。
「でさ、これ見てよ」
 彼の指がすうっ、と紙の上を滑る。そしてある一点を差した。
 そこには大きな円い建物のようなものが描かれている。
「これって、もしかして、スタジアム?」
「そう。ここにあるんだ。そして」
 タマシーが建物の真ん中を指差した。
「ここに、ももクロがいる」
 モモスケの背筋がぶるっと震えた。わけのわからない興奮が全身を走る。
「こんなの、どこで見つけたんだ?」
「森の中。木の枝に挟まってた」
 何でもないことのようにタマシーは言う。
「でもおかしいんだ。この地図のあったあたり、木が何本か折れてて、焦げたみたいになってた。なのにすごくいい匂いがしたんだ。花がいっぱい咲いてるみたいな。でも花なんかどこにもなかった。もしかしたら、この地図に関係することかもしれない」
「それ、なんかヤバくないか」
 モモスケの頭の中で警報が鳴る。
「警察とかに言ったほうがよくない?」
「ダメダメ。そんなことしたら、この地図を取り上げられちゃう。それよりさ、行ってみようよ」
 タマシーが顔を近付けてきた。
「俺たちで、ももクロを見つけようよ」
「俺たち、ふたりでか」
「いや、四人で」
 タマシーが言葉を返す。
「アリにもレニスにも、もう話をしてある。あとはリーダーの決断だけだ」
「リーダー? 俺のこと?」
「いつだって、モモスケがリーダーだよ」
 そう言って、タマシーは笑った。

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Re:Story Of Our Life(その2)

 噎せるような甘い香りが体を縛りつける。まるで花に埋もれているようだ。
 そして何かが頬に滴り落ちる感触。思わず眼を開けると、眩しい光の中に誰かの姿がおぼろげに見える。
 誰? 問いかけようとしたが、声が出ない。
 光に輪郭を奪われた誰かが近付いてくる。逃げたくても、体が動かなかった。
 細い指が触れる。掌が口を塞ごうとする。
 思わず、声をあげた。そして、
 眼が覚めた。
 自分がどこにいるのか、モモスケはすぐには思い出せなかった。周囲を見回す。
テーブルに置かれた恐竜や宇宙船のフィギュア、キャンディ・ディスペンサー、自作の空飛ぶ円盤。間違いない。ここは僕の部屋だ。
 一階のガレージを改装して作った自分の城。そしてみんなの秘密基地。
 いきなりシャッターが上がった。
「おーい、なに寝てんだよ。時間だぞ」
 タマシーだった。
「……ああ」
 起き上がり、荷物を詰めたリュックを手に取る。
 ふたりで自転車に乗り、走り出した。
 今日も晴れている。空に大きな入道雲が湧いて風も熱い。すぐに汗が滲んできた。
「どっち先にする?」
 タマシーが訊いてきた。モモスケは迷わず答える。
「アリから。あいつならどこにいるかわかる」
 思ったとおり、アリはいつもの場所にいた。家の近くの歩道。芝生に座り込んでいる。
 アリはいつも何か食べていた。今日は業務用の大きな容器に入ったストロベリーアイスクリームをディッシャーで掬って食べていた。モモスケが声をかけるとアイスを置いてにこりと笑った。顔半分がクリームだらけになっている。
「またそんなの食ってんのかよ。腹こわしてゲリゲリピーだぞ」
 タマシーが茶化すと、アリはにっこり笑って、
「大丈夫だよ。俺、これを二個食べてもお腹痛くならなかったもん」
「そりゃすげえや。おまえの胃袋、鋼鉄製だな」
 タマシーの言葉に、アリはまた笑う。このふたりはいつもこうだ。アリは前の小学校にいた頃いじめられていたらしいが、こちらに引っ越してきてからはいつも楽しそうにしている。タマシーがからかっても怒ったり泣いたりしない。それはアリが本当に嫌がるようなことをタマシーが絶対に言わないからだろう、とモモスケは思っている。
「ほらアリ、それ全部食うまで待ってやるから」
 タマシーが言うと、アリは嬉しそうに頷いて、残りのアイスクリームを食べはじめた。
「さて、残るはレニスだけど……」
 モモスケは方位磁石を取り出した。そしてタマシーに尋ねる。
「今日は東西南北、どっちにいると思う?」
「東!」
 タマシーは即答した。
「わかった」
 モモスケは頷く。どうしてそう思う、とは訊かない。タマシーだって根拠があって答えたわけではないし、モモスケも彼が正解を知っているとは思っていない。ただ走り出すきっかけが欲しかったのだ。
 それに僕も、今日は東にいそうな気がする。
 予想は少し外れていた。東ではなく、北東だった。
 レニスは道路の真ん中で仰向けに倒れていた。足許には自転車が転がっている。
 見つけたときには少し慌てたが、近付いてみると寝息を立てているのがわかった。
「おい、レニス。起きろよ」
 モモスケが声をかけると、ゆっくり眼を開ける。
「……んあ? あれ? みんな、なんでいるの?」
 寝惚けたような声で言った。
「何言ってんだよ。また自転車で転んだのか」
 タマシーが訊くと、少し黙って、それから言った。
「お化けが出た」
「お化け? なんだよそれ?」
「自転車で走ってたら、いきなり出てきた。ブワッってかぶさってきて、それで咄嗟にブレーキかけて。そしたら自転車がクルってなって、それから……どうしたんだろ?」
 レニスはしきりに首をひねる。そして自分の手足を珍しそうに眺めた。
「なんかさ、俺が俺じゃないみたい。俺の中になんかいるみたい」
 いつもこうだな、とモモスケは思う。普段あまり喋らないけど、喋りだすと不思議なことばかり言う。僕らより年上なんだから、もっとしっかりしてほしいと思うけど、でもレニスだからしかたないよな、とも思った。
 だからモモスケは言った。
「行こう。これから長いぞ」
「あ……うん」
 レニスはやっと起き上がり、自転車を起こした。

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Re:Story Of Our Life(その3)

 地図によれば、まずは海岸道沿いに北へ向かうことになる。四人は自転車をこいだ。
 椰子の木が連なる道路は真っ直ぐで、思わずペダルを踏む足も強くなる。一緒にももクロの歌を歌いながら走った。
「ねえ、ももクロってさ」
 歌の途中でアリが言った。
「すごくきれいだって、ほんとかな?」
「らしいよ。女神様みたいだって」
 タマシーが答える。
「女神様? どんなの?」
「だから、すごく美人」
「ケアリ先生より?」
「ケアリ? あんなのメじゃないって。アリおまえ、ケアリ先生が好きなのかよ?」
「そんなんじゃないって。でもさ……」
 それきりアリは黙り込む。モモスケはアリがときどき保健室に行ってケアリ先生と話をしていることを知っていた。今でも昔いじめられたときのことを思い出して辛くなるらしい。でもモモスケやタマシーやレニスには絶対そんなところは見せなかった。だからモモスケも、知らないふりをしている。
 キキッ、とブレーキの音がする。レニスが突然停まった。
「どうしたんだよ?」
 モモスケが尋ねると、レニスは何かを聞こうとするように耳に手を当て、
「今、お化けの声がした」
 モモスケも思わず耳をそばだてる。たしかに鳥の声は聞こえた。
「……でもこれ、カモメじゃないか」
「カモメだけじゃない。お化けもいる」
 レニスは言い張った。
「きっと、ももクロと一緒にいるんだ」
 レニスはときどき変なことを言う。だからみんなから馬鹿にされている。馬鹿にしないのは、ここにいる三人だけだ。
「よし、じゃあさっさとスタジアムに行ってももクロとお化けを見ようぜ」
 タマシーがそう言って、走り出した。
「……うん」
 レニスも後についていく。モモスケとアリもペダルをこぐ足に力を込めた。
-----------------------※-----------------------
「ありそうでないもの、なあんだ?」
 休憩しているときに、いきなりタマシーが言った。いつもの遊びをしかけてきたんだな、とモモスケは思った。
「ありそうでないもの……タコの腹筋」
「ぶーっ。そんなの、なさそうでないじゃん。モモスケ、尻見せだな」
「じゃあタマシーは? ありそうでないもの」
「えっとだな……辛くないカレー」
「ぶっぶー。僕、この前辛くないカレーたべたもん。それはありそうである。タマシーこそ尻見せだ」
「待てよ。どっちかって言うとタコの腹筋のほうがダメだと思うぞ」
「そんなことないって」
 モモスケとタマシーが言い合っているとき、不意にレニスが言った。
「じいちゃんとばあちゃんの、キス」
 一瞬、モモスケもタマシーも沈黙する。
「それは……ありそうでないかも」
 タマシーが同意する。
「そうかなあ」
 モモスケは懐疑的だ。
「仲のいいじいちゃんとばあちゃんなら、きっとキスくらい」
「しないしない。歳取ったらキスなんか絶対しないって。な?」
 タマシーはレニスに同意を求める。そもそもその答えはレニスが言い出したものなのに。
「ほら、二対一で俺たちの勝ち。尻見せはモモスケだ」
「うっ……」
 モモスケがたじろいだとき、
「ねえ……」
 それまで黙っていたアリが声をかけきてた。双眼鏡で何かを見ている。
「あれ、見て」
「え?」
 モモスケもタマシーもレニスも一斉に双眼鏡でアリが指差したほうを見た。
 知らないじいちゃんとばあちゃんが見えた。ふたりでキスをしていた。
「あ……」
 タマシーが声を洩らすのが聞こえた。モモスケはにんまりとして言った。
「おまえたちの負けだ」
「そんなあ……」
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 夏草の向こうから一両編成の電車がやってきた。
「よし!」
 タマシーが線路から少し離れてスタンバイする。こういうとき、絶対に怖じ気づかないのがタマシーだ。レニスは後からついていって並ぶ。モモスケとアリはその横で見届け役になる。
「今だ!」
 タマシーは自分で号令をかけて、ズボンを下ろした。後ろを向き、真っ白な尻を突き出す。レニスもそれに続いた。
「見ろ! 見ろ見ろ見ろ見ろおおおっ!」
 電車の車窓に向かってタマシーが叫んだ。
 電車が通りすぎる。アリが手を叩いて笑う。モモスケも笑った。
 電車が行ってしまった後、タマシーは尻を出したままぴょんぴょん飛び跳ねた。
「どうだ! やってやったぜ! やってやったぜ!」
「やって、やったぜ」
 レニスも唱和する。四人は大笑いした。
 それから無人駅のホームに座って、また歌った。手を取り合って、大声を張り上げた。

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Re:Story Of Our Life(その4)

 線路沿いに進んだ先、そこにスタジアムがあるはずだった。
 でも、いつの間にか線路は消え、鬱蒼とした森になった。
「おい、本当にこっちでいいのかよ?」
 モモスケが尋ねると、タマシーは地図を確認する。
「うん、もうすぐで着くはずだ……たぶん」
 でも、進んでも進んでも森は深くなるばかりで、スタジアムらしいものは全然見えてこない。それどころか霧みたいなものが出てきて前が見にくくなってきた。
「……なんか、匂いがする」
 アリが言う。モモスケも感じた。甘い匂いだ。つい最近、この匂いを嗅いだような気がする。たしか……思い出した。あの夢だ。
 これヤバいかも。引き返そう。そう言おうとした。そのとき、
 前方に白いものが見えた。
「あ……」
 無意識に近付いていた。人が倒れている。
 女の子のようだった。白いドレスに長い髪。肌も白くて、ほっそりとしている。
そして、ふしぎなくらい長く尖った耳。
「おい……これ、人間?」
 タマシーが言った。
「宇宙人だ」
 アリが言う。
「どうかなあ……」
 首を傾げながらモモスケは、その子に近付いた。
 ふっ、と彼女が眼を開けた。モモスケは思わずたじろぐ。
 ゆっくりと起き上がった。四人より少し背が高い。年上なのかもしれない。
「君……誰?」
 勇気をふりしぼって、モモスケは尋ねた。女の子は答えない。少し首を傾げるようにして、でも黙っている。
「言葉……わからないのかな?」
 と、タマシー。
「喋れないのかも」
 アリも言う。
 女の子は、じっとモモスケを見つめている。その視線の強さに少し気後れした。
――やっと、会えた。
 不意に声がした。モモスケは思わずあたりを見回す。耳からではなく、頭の中に直接響くような声だった。
 もしかして。モモスケは女の子に眼を向けた。
「君が……?」
――言葉にしなくていい。思うだけで伝わるから。
 また、声がした。モモスケは思わず聞き返そうとした。
「ここに置いていくわけにいかない」
 不意にそれまで黙っていたレニスが言い始めた。
「一緒に連れていこう」
 どこか変な言い方だった。いつものレニスらしくない。でもモモスケは女の子の「声」に気を取られていたので、あまり気にしなかった。
――一緒に、行く?
 頭の中で思ってみる。女の子は頷いた。
-----------------------※-----------------------
 あっと言う間に、陽が翳ってきた。
 急いで枯れ枝や落ち葉を集め、火を焚いた。持ってきた食料で夕食にする。女の子にも薦めたが、食べようとしなかった。
「今日はもう、ここで野宿するしかないな」
 モモスケが言うと、
「でも、まだ眠くないよなあ。どうする?」
 タマシーが訊いてきた。
「どうするって……」
「よし、俺、踊る」
 いきなりそう言うと、タマシーは目茶苦茶な振りで踊りはじめる。その仕種がおかしくて、モモスケもアリも笑った。
 ふと見ると、女の子はレニスを見つめている。レニスも笑わず、彼女を見ていた。
「どう――」
 声で訊こうとして、慌てて頭の中で思った。
――どうしたの? レニスに何かあるの?
――重なってる。
 女の子の声が響いた。
――重なってるって、何が?
――気付くのが少し遅かった。もう、知られてしまったみたい。
 意味がわからない。
――どういうことなんだよ? 教えてよ。
――今、分離するから。
 女の子の瞳が、赤く光った。
「うっ……!」
 レニスが突然頭を抱えてもがきだす。
「どうした? 大丈夫か?」
 モモスケが駆け寄ろうとしたが、それより早くレニスは立ち上がる。悶えながらあたりをうろつく。そして、姿が変わった。
「え?」
 一瞬にしてレニスは大きくなった。ほっそりとした体が太り気味になり、胸まで大きくなった。
「……女?」
 戸惑うモモスケや踊りをやめて唖然とするタマシー、口を開けて見ているアリの前で、さっきまでレニスだった太った女が、いきなり激しく踊りだした。
「やめ、やめろおおおっ!」
 踊りながら叫ぶ。
「今、今出ていくから! こいつから離れるから!」
 そして、突然レニスに戻った。踊りがよたよたとしたものになり、やがてしゃがみ込む。
「……何なの? 今の、何なんだ?」
 どんなときにも動じないタマシーも、さすがに茫然としている。アリは腰を抜かしているかのように地面にへたり込んでいた。
――何が起ったんだ?
 モモスケは女の子に尋ねた。
――スパイ。その子に乗り移っていた。その子自身はお化けだと思ってたみたい。
――スパイ? 何だよそれ? どこのスパイだよ?
――「administration」
――アドミニ? 何?
――「運営」のこと。この世界を管理して動かしている。そして、わたしを追っている。
――君、追われてるの? どうして?
――わたしが、新たな移民だから。彼らが望んでいない存在だから、わたし――。
 女の子が突然、後ろを向いた。
――来た。
 その言葉と同時に、眩い光が彼らを差した。
 数人の大人たちが、こちらに迫っている。
――お願い。助けて。
 女の子の声が頭に響く。迷ったり考えている時間はない。モモスケは瞬時に判断した。
「逃げろ!」
 わけもわからないまま、他の三人も駆けだした。
 森はどこまでも続いていた。方角もわからず、自分たちがどこを走っているのかもわからない。
「あいつら、何なんだ?」
 走りながらタマシーが訊く。
「わかんないよ!」
 モモスケは叫ぶ。
「でも、とにかく逃げるんだ!」
 そして、女の子に尋ねた。
――教えて。君は誰?
――わたしは、プロキシマ・ケンタウリの第四惑星から来た。あなたたちと同じ星系の住民。
――せいけい? 何?
――あなたたちは、わたしたちより先に、この惑星にやってきた。かつてこの星の住民が「地球」と呼んでいた惑星に。
――言ってる意味がわからないよ。ここは昔から地球だし、僕は地球人だ。
――そう思わされているだけ。あなたもわたしも、本当は実体を持たない精神だけの存在。プロキシマ・ケンタウリの巨大フレアから逃れて、ここに辿り着いた。そしてかつて存在していた地球人の記憶の中に住み着いた。
――記憶の、中……。
――地球人が滅亡した後も、この惑星は彼らの記憶を宿していた。今こうして目の前に見える森も、すべて記憶の中のもの。あなたたちは先に記憶に住み着き、世界を再構築した。そして後から来るはずだったわたしたちを締め出そうとした。
――どうして?
――自分たちだけの都合のいい世界を作りたかったから。「運営」はそのために作られた組織。後からやってきた者を抹殺する。
――抹殺……殺すの?
――殺されたくない。わたしも、わたしの仲間たちも。だから、あなたの力が必要なの、モモスケ。
――僕の? どういうこと?
――あなたとタマシー、アリ、レニスは、この記憶世界のキーになっている。あなたたちが門(ゲート)を開ける力を持っている。
――門って?
――この世界が持つ記憶の中でも最高に最強で最上の最大で最愛の未来をもたらすもの。
 走りながら、女の子はモモスケに言った。
――それが、ももクロ。
 突然、森が消えた。
「あれ?」
 タマシーが立ち止まる。
「ここ、どこだ?」
 町の中だった。舗装された道路を連なる街灯が明るく照らしている。
――この先。走って。
 女の子が言った。
「止まるな! 走れ!」
 モモスケが号令する。
 そして、それが現れた。
「わあ……」
 アリが声をあげた。
「すごい」
 レニスも呟く。
「これって、もしかして……?」
 タマシーがモモスケに訊いた。
「……そうだ」
 モモスケは頷いた。
「これがスタジアムだ」
 巨大な円形の建物が、光の中に浮かび上がっていた。
「うわっ、俺たち、ほんとにスタジアムに着いたんだ! すっげえ!」
 はしゃぐタマシーに、モモスケは言った。
「行くぞ。あそこにいるんだ」
 五人は一気に駆ける。
「でも、どこから入ればいいんだ?」
 尋ねるアリに、モモスケは言った。
「こっちだ!」
 頭で考えたのではない。本能的な直感だった。
 通用口と書かれた入り口から飛び込む。誰かが呼び止めようとしたが、無視した。一気に駆け上がる。
 そして、そこに立った。
 今まで見たことがないほど広い空間に、人がいっぱい集まっていた。そして無数の光が揺れるスタンドの奥、まばゆい光の中に立つ、四人。
「あれが……ももクロ?」
――そう。この世界の希望。そして入り口。わたしたちもこれで、救われる。
 ももクロが歌って、踊っている。赤、黄色、桃色、紫。その姿をモモスケは陶然と見つめた。その声が響くと胸が高鳴り、踊りから眼が離せなくなる。自分の体も揺れだし、音楽に合せて踊りだしてしまう。
「すげえ……」
 アリが呟く。
「やっぱりみんな、ケアリ先生より美人だ」
「ここにいるの、みんな観客?」
 レニスが尋ねた。
「みたいだな。すごい数だ」
 タマシーが答える。
――これがみんな、わたしの仲間たち。惑星モノノフの住民。
 女の子の言葉が、モモスケの頭にこだまする。
 モノノフ……。
 夜空に一際大きな光が広がった。
 花火だ。
 ももクロの歌が、モノノフの歓声が、一緒に咲いた。
-----------------------※-----------------------
 噎せるような甘い香りが、体を包んだ。
 そして、頬に何かが滴り落ちる感覚。
 モモスケはゆっくりと目を覚ました。
 ぼんやりとした視界が、次第にはっきりしてくる。
 白いドレスを着た女の子が、いた。
「モーカ……」
「起こしちゃった? ごめん」
 女の子が持っている花束から滴り落ちた滴が、また頬に落ちる。慌てて起き上がった。
「もうすぐタマシーたちが来るわよ」
 女の子は持っていた花を花瓶に活ける。
「今日はまた森に行くの?」
「うん、スタジアム探し」
「飽きないわねえ。本当にそんなものがあるって思ってるの?」
「だってほら、みんな知ってるじゃない。どこかにスタジアムがあって、そこに……えっと、誰がいたんだっけ?」
 首をひねるモモスケを、女の子は微笑みながら見つめた。
 その視線が窓際に移る。フォトスタンドが置いてあった。
 そこに五人の姿がある。モモスケとタマシーとアリとレニスと、そして……。
                                   【終わり】

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