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2018.08.16

Re:Story Of Our Life(その2)

 噎せるような甘い香りが体を縛りつける。まるで花に埋もれているようだ。
 そして何かが頬に滴り落ちる感触。思わず眼を開けると、眩しい光の中に誰かの姿がおぼろげに見える。
 誰? 問いかけようとしたが、声が出ない。
 光に輪郭を奪われた誰かが近付いてくる。逃げたくても、体が動かなかった。
 細い指が触れる。掌が口を塞ごうとする。
 思わず、声をあげた。そして、
 眼が覚めた。
 自分がどこにいるのか、モモスケはすぐには思い出せなかった。周囲を見回す。
テーブルに置かれた恐竜や宇宙船のフィギュア、キャンディ・ディスペンサー、自作の空飛ぶ円盤。間違いない。ここは僕の部屋だ。
 一階のガレージを改装して作った自分の城。そしてみんなの秘密基地。
 いきなりシャッターが上がった。
「おーい、なに寝てんだよ。時間だぞ」
 タマシーだった。
「……ああ」
 起き上がり、荷物を詰めたリュックを手に取る。
 ふたりで自転車に乗り、走り出した。
 今日も晴れている。空に大きな入道雲が湧いて風も熱い。すぐに汗が滲んできた。
「どっち先にする?」
 タマシーが訊いてきた。モモスケは迷わず答える。
「アリから。あいつならどこにいるかわかる」
 思ったとおり、アリはいつもの場所にいた。家の近くの歩道。芝生に座り込んでいる。
 アリはいつも何か食べていた。今日は業務用の大きな容器に入ったストロベリーアイスクリームをディッシャーで掬って食べていた。モモスケが声をかけるとアイスを置いてにこりと笑った。顔半分がクリームだらけになっている。
「またそんなの食ってんのかよ。腹こわしてゲリゲリピーだぞ」
 タマシーが茶化すと、アリはにっこり笑って、
「大丈夫だよ。俺、これを二個食べてもお腹痛くならなかったもん」
「そりゃすげえや。おまえの胃袋、鋼鉄製だな」
 タマシーの言葉に、アリはまた笑う。このふたりはいつもこうだ。アリは前の小学校にいた頃いじめられていたらしいが、こちらに引っ越してきてからはいつも楽しそうにしている。タマシーがからかっても怒ったり泣いたりしない。それはアリが本当に嫌がるようなことをタマシーが絶対に言わないからだろう、とモモスケは思っている。
「ほらアリ、それ全部食うまで待ってやるから」
 タマシーが言うと、アリは嬉しそうに頷いて、残りのアイスクリームを食べはじめた。
「さて、残るはレニスだけど……」
 モモスケは方位磁石を取り出した。そしてタマシーに尋ねる。
「今日は東西南北、どっちにいると思う?」
「東!」
 タマシーは即答した。
「わかった」
 モモスケは頷く。どうしてそう思う、とは訊かない。タマシーだって根拠があって答えたわけではないし、モモスケも彼が正解を知っているとは思っていない。ただ走り出すきっかけが欲しかったのだ。
 それに僕も、今日は東にいそうな気がする。
 予想は少し外れていた。東ではなく、北東だった。
 レニスは道路の真ん中で仰向けに倒れていた。足許には自転車が転がっている。
 見つけたときには少し慌てたが、近付いてみると寝息を立てているのがわかった。
「おい、レニス。起きろよ」
 モモスケが声をかけると、ゆっくり眼を開ける。
「……んあ? あれ? みんな、なんでいるの?」
 寝惚けたような声で言った。
「何言ってんだよ。また自転車で転んだのか」
 タマシーが訊くと、少し黙って、それから言った。
「お化けが出た」
「お化け? なんだよそれ?」
「自転車で走ってたら、いきなり出てきた。ブワッってかぶさってきて、それで咄嗟にブレーキかけて。そしたら自転車がクルってなって、それから……どうしたんだろ?」
 レニスはしきりに首をひねる。そして自分の手足を珍しそうに眺めた。
「なんかさ、俺が俺じゃないみたい。俺の中になんかいるみたい」
 いつもこうだな、とモモスケは思う。普段あまり喋らないけど、喋りだすと不思議なことばかり言う。僕らより年上なんだから、もっとしっかりしてほしいと思うけど、でもレニスだからしかたないよな、とも思った。
 だからモモスケは言った。
「行こう。これから長いぞ」
「あ……うん」
 レニスはやっと起き上がり、自転車を起こした。

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